私にとって世界一美しい片手打ちのバックハンドと言えばグスタボ・”グーガ”・クエルテンを置いて他なく、バブリンカのそれはちと優雅さに欠ける。ご本人の仏頂面のイメージと相俟って(失礼)、パワーはあるけどぶっきらぼうで愛想がないという感じ。  去年の全豪を見た時、あれっ、このひとこんなに強かったっけ?と驚いた。あれよあれよと決勝まで勝ち進み、ナダルを下して初のグランドスラムタイトル獲得。もっともこの決勝は、ナダルが故障というおまけつきでスッキリというわけでもなかったが。その後、タイトルホルダーという重圧に苦しんだ時期もあったと伝えられたが、こういうパワーヒッターってやっぱりなんとなくムラがあるのよねという印象で迎えた今シーズン。ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ全豪はジョコビッチに敗れてベスト4止まり。そして全仏。  頑固な職人がこつこつと鑿を振るうが如く、ぶっきらぼうなバックハンドがジョコビッチのキャリアグランドスラム達成の夢を打ち砕いていくのを、ほとんど慄然としながら見届けた3時間余りの決勝。60本のウィナーのうち、多かったのはフォアハンドかもしれないが、迫力と破壊力に於いてはバックハンドが圧巻だった。寡黙で硬質な意志に貫かれたそのショットは、とても美しかった。ああそうか、いろんな紆余曲折を経て、この舞台でナンバーワンのジョコビッチに勝つために、このショットは磨かれ続けてきたんだなあと、思った。  全豪で初めてグランドスラムを取った時は、急に慣れない一張羅を着せられたみたいでどこか戸惑って見えたけど、今回の勝利はまぎれもなくその腕で勝ち取った堂々たる勝利。スタニラス・バブリンカ、30歳。30代での全仏制覇は大会歴代3位の年長記録。表彰式のプレゼンターはグーガ・クエルテン。全仏を3度制した私のヒーローから優勝カップを受け取った新しい赤土のチャンピオンは、やっぱりどこかはにかみながら、祝福を受けていた。おめでとう、スタン。チャンピオンシップポイントを決めたバックハンドのウィナーを、みんなずっと忘れないと思う。いままでちょっとなめててごめんね!ごめんね!(笑)  千載一遇のチャンスを逃したジョコビッチには、また来年があるよ!と明るく肩を叩ける。それくらい強いから、心配ない。問題は、ナダル(涙)。TOKIOは雨の季節へ。テニスシーズンは赤土から芝へ。過ぎ去りし季節に思いを残さないのは、たったひとり、チャンピオンだけだ。