ガバシュビリ戦から見えた錦織圭の見事な適応力 全仏オープン4回戦 ○錦織圭 6-3,6-4,6-2 T.Gabashvili(RUS) 錦織はここまで省エネで勝ち上がり、ベッカーの棄権により3回戦もスキップできたため、フィジカルコンディションは万全と言っていい。しかし、この試合、悪天候のためコートのコンディションは最悪であった。試合開始が3時間近く遅れ待たされた上に、気温16℃、雨交じりの強風である。ボールが水分と土を含んで重くなる上に、足も取られやすくなり、故障のリスクさえあった。対戦相手も今大会絶好調のガバシュビリ、波乱も起き得る状況で試合が始まった。 第一セット、錦織のサーブから。ボディーへのサーブを決め、甘くなったリターンに対しフォアハンドでウィナーを叩き込む幸先の良いスタートを切る。このゲームを難なくキープ。 第2ゲーム、15-0からガバシュビリは4本連続で1stサーブが入らない。リターンで主導権を握った錦織が、あっさりとブレークに成功。その後は互いにキープが続く。 錦織5-3で迎えた第9ゲーム、錦織は会心のプレーを見せた。0-15とするが、センターとワイドへそれぞれサーブでポイントを取る。30-15から、相手のリターンが浮いたところをフォアハンドで逆クロスに強烈なウィナー。最後はセンターへサービスエースを叩き込んだ。1stサーブが全て入るなど、リズムが良く、流れを作るような取り方であった。 第一セットを33分で先取。 第2セットはガバシュビリのサーブから。第1ゲームから、リターンで圧力をかける錦織に、耐えるガバシュビリという展開に。錦織がブレークポイントを握るなど、3度のデュースとなるが、ガバシュビリが何とかキープ。 第2ゲーム、錦織は最初のポイントをバックハンドでウィナー。15-15から、バックハンドショットでガバシュビリを外に追い出し、フォアでウィナー。40-30から2度のミスもあり嫌な流れになりそうなところで、サービスエース。A-40からこの日最速200kmのサーブを入れるも、ガバシュビリに見事にリターンされるが、さらにアングルをつけてフォアのウィナーをコートの浅い位置に決めキープに成功する。 続く第3ゲームは、非常に内容が濃く、互いの気迫が前面に押し出された見応えのあるものだった。 30-15から、錦織はフォアのショットで相手を外に出し、浮いた返球にネットダッシュ。エア・Kを叩き込む。ダブルフォルトで錦織がブレークポイントを掴むも、ガバシュビリは素晴らしいショットで凌ぐ。続くポイントは長いラリーとなるが、ガバシュビリがバックハンドショットを先にネットにかける。ここでラケットを叩きつけ、苛立ちを見せる。 その後2度目のデュースから、ガバシュビリがフォアの逆クロスを打ちポイントを取りキープするかに思えた。しかし続くポイントで錦織、相手の深いショットに対し、フォアでさらに厳しいコースに打ち返すと、ガバシュビリは押される形でバックハンドショットをネットに。ガバシュビリは三度目のブレークピンチを招くも、ワイドへのサーブからオープンコートを作りフォアでウィナーを取り、またしてもデュースに。しかし、ガバシュビリ、リターンへのプレッシャーからか1stサーブが入らない。最後はダブルフォルトで力尽き、錦織がブレークに成功した。 ブレークバックに注意したい第4ゲーム、錦織のサーブへの集中力に私は感心した。 まず、ワイドへのサーブでポイントを取る。15-0から1stサーブをフォルトとするが、2ndサーブをセンターの厳しいコースにキックさせ、ここもリターンさせない。続くポイントでガバシュビリ、フォアハンドで見事にリターンエース。まだ30-15なのだが、ここで錦織は打ち急がず、明らかに間を取った。直後、ワイド(バックハンド)へ1stサーブを決めリターンを防ぐ。 40-15から、1stサーブをボディーへ打ち、甘くなったリターンをバックハンドでウィナー。サービスエースこそなかったものの、相手に的を絞らせない、巧みな配球であった。 一方で気落ちしたのが垣間見えたガバシュビリ、第5ゲームはミスが続き、最後はまたしてもダブルフォルトで錦織にブレークを許す。 その後2ゲームは互いにキープ。第8ゲーム、錦織は2本のダブルフォルト、そしてボレーのミスでブレークを許してしまう。 第9ゲーム、ガバシュビリがラブゲームでキープし、5-4となる。流れが変わるのか。 いや、その心配はなかった。第10ゲーム、ここでも錦織の集中力と落ち着きは素晴らしいものがあった。 まず、センターに1stサーブを入れフォアハンドでポイントを奪う。15-0から1stをボディへサーブポイント。30-0から、1stサーブながら球速を落としてセンターに確実に入れにいくと、ガバシュビリがミス。最後はセンターへ会心のサービスエースを決め、50分に及んだ第2セットを取った。 第3セットは安心して観れる展開に。 2セットアップで余裕が出た錦織、ストロークがますます冴えわたる。ドロップ・スライス・ネットプレーをバランスよく織り交ぜ、まさに変幻自在。観客を大いに魅了した。 結局、第1・第5ゲームをブレークした錦織が6-2でこのセットも取り、ストレートで勝利した。 終わってみれば、圧勝という形になった。しかし、錦織の適応力が勝敗を左右したのではないかと私は思う。 まず、そのことは試合に入る前の準備段階からあったに違いない。 インターバルでユニフォームを着替える時、右肩にテーピングを施していた。右手首にもしっかりとテーピング。右足首にもいつものテーピング。これは故障を抱えているからなのか。錦織はこの試合の前の会見で、「3日間のオフは、体力回復が100%できるという点で良かったですね。欧州に出る前にかなり追い込んできましたが、その疲れはもうありません」と語っている。この言葉から、故障ではなく予防のためだったと推察できる。冒頭でも触れたように、雨天で湿っているコート上で起きうる問題を想定していたのではないか。つまり、重くなったボールを打ち続けることへの負担を軽くすること、足を取られやすい状況に対応することである。 もう一つ、散髪したのはともかく、いつもの白い帽子からバンダナに変えていたことにも注目した。日差しもなく、気温も低かったからだったかもしれない。でも帽子を取ることで、視野を微妙なりとも広げる効果を考えてのことだとしたらどうだろうか。まさしく、万全の準備をしていたことになる。これは本人が触れていないので、あくまでも私の想像である。個人的には今後もバンダナでプレーしてほしい。 次に、試合中での適応力に目を向けたい。 雨の降る第1セット、錦織はフォアハンドの精度を欠いていた。第4ゲームでは2ポイント連続でフレームショット。第6ゲームでもフレームショットを含む二つのUEなど。ガバシュビリの打つ球の質も若干あるかもしれない。しかし、基本的には打点のミスなので、水分を含んでいるためボールの弾み方がいつもとは違うこと、強風の影響も相まって錦織の感覚が狂わされたのだと考えた。しかし、第2セットから一気に精度が上がった。最初の3ゲームだけでフォアのウィナーは6本を数えた。ウィナーにならなくても、深く厳しいコースにコントロールできているケースが多かった。短時間で見事に修正してみせたのは、さすがとしか言いようがない。 日本中、いや世界のテニスファンの期待を一心に背負った全仏オープン。 ビッグタイトルを手にしたいという、錦織の並々ならぬ意志が随所に感じ取れている。要所のゲームでは、ワンパターンにならないようよく考えてプレーしているし、第1セットの入り方も、今までとは質が違うように感じる。 ドロー運も見方し、日程的な余裕も生み出されている。今大会は夢の優勝に向けて、千載一遇のチャンスだと、錦織本人も感じているだろう。 この後、準々決勝で地元フランスの実力者ツォンガと対戦する。過去は4勝1敗とリードしているが、どの試合ももつれている。クレーで初対戦というのもある。ベルディヒ戦でのプレーを見ても、嫌な相手であることは間違いない。 しかし、錦織が自分のテニスを普通にできさえすれば、現在の実力なら十分に勝てると信じている。 ツォンガを後押しする大アウェーの雰囲気の中、いかに平常心を保てるか、勝敗はそこにかかっていると思う。