試合開始まで2時間を切ったことろでの、まさかのラオニッチ棄権の報。 私もかなり動揺して急遽エントリーをしたくらいでしたが、やはり現場でも混乱はあったそうです。 そりゃ世界最強サーバーとの対戦を想定した準備をしていたら、突然激戦必至のファイターに対戦相手変更となってはそうなるでしょう。 しかし練習の時点で錦織陣営はラオニッチがトレーニングに現れなかった情報を掴んでいたそうで、「もしかしたら相手はフェレールかな?」と思っていたそうです。 フェレールもフェレールでいつ出場の可能性を知ったのかは分かりませんが、両者ともに難しい要素を多く含んだ対戦だったと思います。 ダビド・フェレール。 フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マレーの4名の後を何年もの間を守り続けてきた、言わば人間界最強の選手として番人を務めてきた存在、と言っても過言ではないでしょう。 昨年は念願のグランドスラム決勝に進出するなど、シーズンを3位で終えた名ファイターです。 今年は何かと因縁深い錦織とここまで3度マスターズで対戦、そのすべてで錦織が勝利を収めてきました。 しかしマイアミ3Rではマッチポイントを3度握られながらの逆転勝ち、マドリードSFでは10分を超える錦織のサービング・フォー・ザ・マッチでの抜きつ抜かれつの大接戦、そして先日のパリではセットカウント0−1、タイブレーク0−4からの大逆転勝利と、そのすべてが大激戦。 マイアミ後はフェデラーに勝利するもののSFは棄権、デ杯欠場の遠因に。 マドリードは語りぐさになるナダル戦での故障。 パリでは手首の故障、SFジョコビッチ戦のやや不可解な敗戦。 勝利の代償というか、勝ってもただでは済まされないという印象があります。 それにしたってフェレールにとっても錦織の存在はたまったものではないでしょう。 元来勝負弱い選手ではありませんが、こうも立て続けに接戦を落とし続けた結果がランキング10位でのツアーファイナルズの落選に繋がったわけですから。 ここまでの対戦成績はフェレールが勝つときはすべてストレート、錦織が勝つときはすべてフルセット。 錦織がフルセットに異様なまでに強いことを差し引いても、相当に意識する存在であることは想像に難くありません。 思わぬ形で今季4度目の対戦を迎えることになった2人がどういった戦いを見せるのか、非常に興味深いものがありました。 やや緊張した面持ちで白煙の中から入場するフェレール。 毎年出場していたフェレールは言わばO2アリーナのレギュラーメンバー。 突然の出場にも、観客は大歓声で彼を迎えます。 得てしてヨーロッパ開催ではアウェイの空気になりやすい錦織でしたが、しかしこちらもフェレールに負けないほどの大歓声。 春のクレーシーズン、全米以降の活躍、奮闘ぶりは世界中で確かに賞賛されているのだと改めて感じました。 また2人ともストローク戦を得意としているプレースタイル上、よくかみ合った戦いぶりに観客も自然とヒートアップしていったように思います。 ここまでの今大会、間違いなく一番の好ゲームでした。 錦織の立ち上がりは不安を抱える手首がやはり気になるのか、目の覚めるようなウィナーを沈めたかと思えばアンフォーストエラーも頻発。 サービスエースを決めたかと思ったらダブルフォルト、バックハンドのダウンザラインの調子がいいかなと思ったら何でもないクロスをネットに引っかけたりと、やや落ち着きがない雰囲気に感じられました。 一方のフェレールも初戦ということもあってか、この特殊なO2アリーナの雰囲気、感覚にタイミングがなかなか合ってきません。 ほかの選手も苦しんでいるように、やはり1stサーブの入りが悪かったのですが、そこは錦織のミスにも助けられていたと思います。 それでもお互いにサービスキープを重ねていった第7ゲームで、先に錦織がフェレールのサービスゲームをブレーク成功。 初戦のフェレール相手ということもあり、サーフェスに慣れないうちにこのまま、と思いますが、さすがは人間界最強の番人。 彼らしい、振り回されながらでも反撃のチャンスをうかがい、競り勝つというプレーで即ブレークバック、あれは見事なプレーでした。 パリでのブレイク合戦の悪夢再来か、と思いましたが、この日もここまでいまひとつ調子のつかめない錦織のダブルフォルトに乗じて1stセットはフェレールが先取、やはりという形でサービスの不安が露呈してしまいました。 2ndセットの立ち上がりは、錦織がギアを上げてきます。 これまでのプレーで徐々に自信を取り戻せてきたのか、また開き直りなのか、エラーの数が目に見えて減り、ウィナーの数が徐々に増えていきます。 またフェデラーにはさらに上をいかれた形となりましたが、コートに入ってライジングを積極的に狙っていく展開の早いプレーもポイントに繋がる機会が多くなりました。 そして1stセットでは51%だった1stサーブの確率がこのセットは72%まで上昇。 1stサービスのポイント確率が16/18の89%と非常に高い確率で、試合の流れを支配していきます。 安定したサービスキープができることでリズムが生まれ、リターンになお集中できる。 今大会ではなかなか見られなかった安定感、そしてよく見せてくれる心を奪われるようなウィナーの数々。 このセットは1度のブレークポイントも与えず、2度のブレークに成功した錦織がセットオールに持ち込みます。 そこからの錦織はBS朝日の解説を務めていた松岡修造曰く「超スーパーゾーン」に入ったような状態に突入。 どこに打っても拾われ、カウンターを決められる、フェレールもまさにお手上げという状態で4ゲーム連取。 決してフェレールの質が落ちたわけではなく、1stセットでは松岡修造氏も、 「フェレールは壁のようなもの、打っても打っても返ってきますから、しかも攻撃してくる壁なんです」 という通りのプレーで、その後もそれ同等のプレーをしていたと思います。 しかし何かの領域に足を踏み入れた状態の錦織が、それを上回るプレーをこの難しい試合の中でし続ける状態になったということなのでしょう。 えっ、この状況でその方向にそんなドロップ打つんですか!?というようなプレー、応援している自分でさえ口が開いて言葉が出ないアングルのウィナーなど、後で繰り返し見直したいシーンのオンパレードでした。 全米や楽天決勝の錦織が帰ってきたような、そんな感覚さえ覚える快勝でした。 一年間ツアーを回り、フェレール相手に4戦4勝できる選手が、いったいこの地球上に何人いることでしょう。 錦織圭は本当に強くなった、成長しました。 今までのフェレール戦のどの試合よりも快勝と言っていい内容だったと思います。 フェレールも突然の出場で難しかったと思いますが、試合後も「自分の準備は万全だった、今日はケイが本当にすばらしかった」と言い訳をせず、勝者をたたえる姿に感動させてもらいました。 次こそはこうはいかないぞ、と来年も激戦を期待したいです。 これだけいい内容での勝利を見てしまうと、人間欲が出てきてしまうものです。 それはその後行われたフェデラーの勝利によって進出が決まった準決勝でも、(厳密には決まっていませんが)ジョコビッチ相手にもやれるのではないか?という期待に他なりません。 初めてのお子さんが生まれたパリ・マスターズからただの1セットも落とさずに、ここまでどの試合も圧倒的な差を見せつけての勝利を重ねています。 インドアのハードコートでは実に29連勝中、今晩のRR3戦目のベルディヒ戦もよほどのことがない限り勝つだろうというほどの安定感、圧倒的な存在感です。 その墓標に刻まれた名前には錦織ももちろん含まれていますが、今日の錦織なら…というほど、フェレール戦の内容は充実していました。 一日インターバルが長いこともプラスとなることでしょう。 それでも、試合終了後のGAORAインタビューでは解説の佐藤さんが「手首はどうですか?」と単刀直入に質問。 「まぁ・・・何とか持ってますね、痛みはありますけど、何とか」 とあまりにも素直な返答が。 場合によってはせっかく掴み取ったSFの戦いを諦めなくてはならない可能性もあるような、本当にギリギリのところで錦織が戦っていることも忘れてはいけません。 テレビでの露出も信じられないほど増加し、次の準決勝は地上波でも生中継するとか。 海外メディアから「ロック・スターか」とも言われるほどの報道陣が、これからも錦織に列をなして歩いてくることにもなるでしょう。 どうか周囲に惑わされず、目の前の試合に集中できる環境を、報道陣の皆さんには作ってあげてほしいと思います。 50年に、100年に1人かもしれない、大切に育てられたこの才能を、一過性の消耗品としてではなく、敬意を持って接してほしいと切に願います。 そして最近興味を持たれた人も、才能と実力故に怪我も増える錦織のすごさ、その苦悩も感じてもらえたらうれしく思います。 でもまずはATPツアーファイナルズ初出場・初のラウンドロビン突破、本当におめでとう!と言いたいです。 マレー、フェデラー、フェレール相手に2勝1敗、見事な見事な成績です。 しっかり休んで、明日からの未知なる戦いに備えてほしいと思います。 そしてこのすばらしい時間を、みんなでみんなで楽しみにしましょう。