一転して30度の暑さ。スリリングな試合が続いた。ロジャー・フェデラー(スイス)が第1セットを落とし、ラファエル・ナダル(スペイン)がセットカウント1-2まで追い込まれたが、どうにか逆転。女子ではマリア・シャラポワ(ロシア)もマッチポイント2本を凌いで辛くも勝ち上がった。日本勢でも、女子ダブルスでクルム伊達公子とケーシー・デラクア(オーストラリア)のペアが大逆転を演じて、大会はいよいよ熱を帯びてきた。  クルム伊達公子は難しい立場にある。昨年9月に44歳を迎え、この全豪オープンはオープン化以降では最年長記録という肩書でシングルス本戦出場を果たした。前日の1回戦、予選上がりのアンナ・タチシュビリ(アメリカ)に敗れた後の記者会見で、突然涙を流し、顔を覆って長いこと沈黙が続く場面があった。クルム伊達が会見で涙を見せたのは、長いテニス人生で、恐らく初めてのことだろう。昨年のウィンブルドンで腰を痛め、その後の建て直しに苦しんできた。「ケガか、年齢か、気持ちの問題なのか」と言葉を詰まらせたが、世界を見渡しても先例のないキャリアを進行させているだけに、外から窺い知れない困難があるだろうということは想像がつく。  既に名声を築いたクルム伊達にとって、引退という選択はいつも目の前にぶら下がっているのだ。誰も反対しないが、簡単な問題ではない。心身ともにギリギリまで追い込んで継続してきた第二のテニス人生も8年目、そこには多くの時間と周囲の犠牲も絡んできた。その期待に応えることで、復帰後にグランドスラム21大会連続という本戦入りも果たすことができた。「ランキングが目標ではない」としながらも、「コートに立てばいいという話ではありません」とはトップアスリートとしての矜持である。しかし、ツアープロの評価は実力だけではない。  昨年のシャラポワの収入はセレナ・ウィリアムズを上回っている。また、テニスはゲームスポーツの中でも特殊な色彩を持ち、シングルスでグランドスラムの頂点を目指す道がすべてではない。ビリー・ジーン・キングがかつて「テニスの優先順位は、ミックスダブルス、ダブルス、シングルスであるべきだ」と言ったのは、テニスの多面性を強調したかったためで、クルム伊達はダブルスの名手でもある。昨日の涙を拭って臨んだこの日の1回戦、8番コートは白熱した展開に沸き、しきりに「キミコ・コール」が飛んだ。  第1セットは先行しながら4-6で落とし、第2セットも0-5から15-40で2本のマッチポイントを握られた。万事休すのこの場面から7ゲーム連取という離れ業で第2セットを奪った。ファイナルセットも5-6とリードされた土壇場、クルム伊達のサーブで3本のマッチポイントを握られたが、そこを乗り切りタイブレークの末に勝利……いかにもクルム伊達らしいドラマチックな展開に仮設スタンドは大騒ぎだった。  シングルスに比べてダブルスのプレーは心身両面での負担が小さく、ダブルスのスペシャリストも存在する。そんな選択の余地があることを百も承知しながら、クルム伊達はあくまでもシングルスでの活路に悩んでいる。意地が悪いようだが、もっと悩んでみて欲しい。44歳のこの悩みを持てるのは、いまの世界ではクルム伊達公子しかいない。錦織圭とは別の、今シーズンの楽しみでもある。 文:武田薫