大会最終日は男子シングルス決勝などが行われ、第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)が昨年に続きロジャー・フェデラー(スイス)の挑戦を退け、2年連続3度目の優勝を飾った。ジョコビッチのグランドスラム優勝は今年の全豪オープンに次いで通算9回目。優勝賞金は188万ポンド(約3億5700万円)だった。  世界ランク1位と2位による最終日の激突――世界のテニスファンは、まさに天下分け目の大勝負を堪能しただろう。2人の“巨人対決”は40回目でここまでフェデラーの20勝19敗。グランドスラムでは12度対戦し6勝6敗と互角だが、ツアーレベルの決勝対決は15度目で、こちらは直近のローマ大会を含めジョコビッチが9勝している。この大会のフェデラーは全盛期を思わせる好調さ。特に準決勝で地元イギリスのアンディ・マレーをストレートで退けてきただけに、3年ぶりの優勝への期待が膨らんでいた。  ウィンブルドンはフェデラー贔屓だ。7度の優勝という芝のヒーローである以上に、ネットプレーを中心にした攻撃的なプレースタイルがセンターコートに映えるからだろう。大きな声援を背に軽やかにスタートを切った。今大会は特に好調なサーブから、かつてのプレースタイルだったサーブ&ボレーを頻繁に仕掛け、さらにはリターンからもネット攻撃を窺ってくる。第1、第5ゲームをラブゲームでサービスキープ。そのリズムに乗って第6ゲーム、強烈なフォアハンド、軽い身のこなしのパッシングショットで先にブレークに成功した。  ここまで両者とも6試合の内の5試合をストレート勝負で勝ち上がった。ジョコビッチの総所要時間13時間4分に対し、フェデラーは9時間58分。ここに2人のプレースタイルの違いを見ることが出来るだろう。速いテンポで試合展開を進めていくフェデラーに対し、ジョコビッチは5セットの長丁場も視野に入れながらじっくり戦略をめぐらせる。その駆け引きを考えたとき、ブレークした直後の第7ゲームの攻防はカギだった。フェデラーは時速198kmのサービスウィナーで2ポイントを奪ったが、プレッシャーがかかったのだろう、ファーストサーブが入ったのはその2本だけ。セカンドサーブをジョコビッチにベースライン深くに返されてすぐブレークバックを許した。さらに悔やまれたのは6-5からの第12ゲーム。ダブルフォルトも貰って2本のセットポイントを握ったものの攻めきれなかった。こうした雰囲気でのタイブレークは水ものになる。押され気味だったジョコビッチが7-1で奪って先行した。  短期決戦を狙い、チャンスがありながらセットを落とした……フェデラーの落ち込みは想像できたが、間もなく34歳になる「テニスの旗手」はまた違うレベルに到達しているようだ。第2セットの第5ゲームの手に汗握る競演に客席は息を呑み、先走った声が何度も飛び交った。ジョコビッチのサービスゲーム。最初のデュースでフォアハンドのウィナーをクロスに決めてブレークポイント。ジョコビッチがここぞとばかりに時速198kmのファーストサーブを叩きこんで打ち合いを制すと、フェデラーはさらに攻め上げてフォアハンドのウィナーを決めるというシーソーゲーム……結局はジョコビッチがサービスキープするが、この攻防はテニス界の二つの激流の交差を思わせる迫力だ。2度目のタイブレークはフェデラーが執念を見せ12-10で奪った。  セットカウントはいずれもタイブレークによる1-1のタイ。しかし、流れはジョコビッチだった。ジョコビッチは今シーズンに入って絶好調を維持していたが、全仏オープンの決勝でスタン・ワウリンカ(スイス)に敗れた。今季の最大の目標はまだ一度も取っていない全仏のタイトルであり、延長線としてフェデラーもラファエル・ナダル(スペイン)もやっていない年間グランドスラムがあったはずだが、その大目標が途切れた気持ちの落ち込みをどう克服してくるのか。たとえば、決勝までの6試合に許したブレークポイントの数が興味深い。フェデラーの4本と比べて25本と異常に多いが、その内の20本をセーブした。押されながらも、ギリギリのところでは負けてこなかった……。  2セットが終わったところで試合時間は1時間50分。ペースはジョコビッチのもので、続く2セットを6-4、6-3で切り抜けた。結局、フェデラーはブレークポイント7本をつかみながら第1セットの1本しかブレークは出来なかった。 「クレーコートの全仏オープンに続いて、すぐに芝のウィンブルドンという大きな目標があるのはいいことだと思えるようになった。すぐ気持ちを切り替えなければいけない。メソメソしていられない。去年はパリでナダルに負けてからここでフェデラーに勝ち、今年もワウリンカに負けてフェデラーと対戦することになった。もしウィンブルドンという大きな目標がなければ、切り替えは簡単じゃないと思う」  こうした柔軟な思考能力が、ジョコビッチというチャンピオンの特徴だろう。家族席に何度も黄金のトロフィーをかざした。ウィンブルドンを知り尽くしたコーチのボリス・ベッカーの知恵も大きかった。そして、ちょうど1年前に結婚し父親にもなっている。こんなことを言った。 「結婚してからあまり負けなくなったし、何度も優勝している。選手みんなに言いたいのは、結婚しなさい、そしてたくさん子供を作って、テニス人生を楽しもう」  最大の勝因はそこだったかも知れない。  また、この日行われた男子ジュニアのダブルス決勝。タイを拠点にする日本のサンティラン晶、アメリカのライリー・オペルカ組は準優勝となった。 文:武田薫