第8シードのスタン・ワウリンカ(スイス)が、第1シードで初優勝を狙ったノバク・ジョコビッチ(セルビア)を倒し、全仏オープンでは初めて、グランドスラムでは2014年の全豪オープンに次いで2度目の優勝を果たした。優勝賞金は180万ユーロ(約2億5千万円)、スイス出身選手のこの大会の優勝は、2009年のロジャー・フェデラーに次いで2人目になる。  グランドスラムでこの大会のタイトルだけ持っていないジョコビッチ、昨年の全豪オープン優勝の実力を裏付けたいワウリンカ——。決勝戦にふさわしい激しく見応えのある戦いだった。ベースラインからの打ち合いには自信を持つ両者が、立ち上がりから火花を散らした目まぐるしいラリーの応酬だ。第1ゲームのデュースで、ワウリンカは40本も続いたラリー戦に打ち勝ち、アドバンテージからは強烈なフォアハンドをストレートに抜いてサービスキープ。互角に打ち合いながらジョコビッチ優位の予想を徐々に崩していった。長いラリー、どこに蟻の一穴が潜んでいるか分からない緊迫感、まして決勝の舞台での精神状態は異常なものだ。第7ゲーム、ワウリンカの緊張がふっと切れた。ラブゲーム、それも最後はダブルフォルトでブレークを許すと、ジョコビッチが一気にそのセットを奪った。  ジョコビッチは左右どちらの守りも鉄壁で粘り強く、即座に攻守を切り替える機敏さを持っている。一方のワウリンカは同じスイス出身のフェデラーと同じ片手打ちバックハンドで多彩なショットを持っているが、フェデラーの緻密さより豪快さが特徴。ジョコビッチは、フォアに比べてパワーの劣るバックサイドを執拗に攻めた。ワウリンカはクロスコートでじっくりと応戦し、長いラリーから相手を前におびき出して得意のダウンザラインに切り返していく。第2セットに入ってウィナー数がジョコビッチの6に対しワウリンカは16とエンジンがかかり、窮地に陥っても平均時速189キロファーストサーブでクリアした。圧巻は第7、第8ゲームの攻防。ジョコビッチが40-0からデュースに持ち込み、第8ゲームには連続ドロップショットを沈めて追い詰めた。ワウリンカが必死にそこを押し戻し、逆に第10ゲーム、勝負に出た。0-30からバックハンドのパス、フォアハンドの深いショットをダウンザラインに叩きこんでブレークに成功、セットを奪い返した。  ジョコビッチは立ち上がりに強く、ファイナルセットにも強い。ただ、試合中盤の畳み掛ける攻撃に対してフォアハンドにミスが出る傾向がある。ワウリンカはスピンをかけては攻撃をしのぎながら、第3セット中盤に攻め込んだ。第5ゲームをラブゲームでキープすると、第6ゲームで3連続のウィナーを決め、ラブゲームでブレーク、セットカウント2-1と逆転した。  第3セットを終わった段階で、ワウリンカのウィナーが43に対し、ジョコビッチは半分以下の20。勢いは確かにワウリンカのものだったが、ジョコビッチは5セットの長丁場で24勝8敗の高い勝率を持っており、まして今シーズン、クレーコートでは16勝の負けなし。グランドスラムの決勝は16度目、全仏は昨年に続いて3度目の舞台で慣れもある。僅かなスキを突いて第4セットの第2ゲームをブレークして3-0としたが、ワウリンカには落ち着きがあった。強打の応酬にバックハンドのスライスを巧く混ぜ、ペースを変えながらチャンスを炙り出す冷静さで第5ゲームをブレークバック。たびたび繰り出すドロップショットに巧く反応されるようになると、さすがのジョコビッチも動揺したのだろう。第9ゲームにセカンドサーブからサーブ&ボレーに出て墓穴を掘り、バックハンド・パスを打ち込まれてブレークされた。  それにしても、最後まで勝敗の行方が分からなかった。ワウリンカが5-4リードでサーブに立った第10ゲーム、最初のマッチポイントでのファーストサーブがセンターを突き抜けた。フォルトのジャッジを、主審が確認する際どい一打。ジョコビッチがセカンドサーブからポイントを奪ったとき、再逆転が閃いたファンは多いだろう。実際に、そこからブレークポイントもあったが、2度目のマッチポイントで勝利を決めた。最後もバックハンドの深いウィナーだった。  印象的だったのは、ジョコビッチへの鳴りやまぬ拍手だ。ナダル、マレーを倒しながら、どうしても欲しかったタイトルにまた一歩届かなかった。強かった、本当に強かったという称賛に、まず相手を讃え「本当にありがとう。2年続けて準優勝は辛いけれど、この声援で、ますますタイトルが欲しくなった。来年も挑戦しますから」とにこやかに答えた。  フェデラーのいるスイスで、ワウリンカは長いこと日陰の存在だった。トップ10に入って全豪オープンで優勝したのは28歳。そして30歳でフェデラー、ジョコビッチを倒して、全仏のタイトルをつかんだ。心に秘めてきた決意が冷静な戦術展開を呼んだのだろう。30代プレーヤーの多かった円熟の大会に相応しい、味のある幕切れだった。 文:武田薫