悲願は悲願のまま(全仏オープンテニス決勝、ジョコビッチ対ワウリンカ)
生涯グランドスラムは、男子シングルでは現在7名しか達成していない。
ジョコビッチのコーチであるボリス・ベッカーも、サンプラスも全仏のタイトルが取れなかった。
ここ8年間、赤土の絶対王者として君臨していたナダルを準々決勝で破り、準決勝でビッグ4の一人、マレーを2日間の死闘の末に破る。
ジョコビッチ優勝のための舞台は整ったはずだ。
ジョコビッチの悲願は、フェデラーを生んだスイス出身のワウリンカに阻まれた
試合を振り返ってみたい。
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第1セット
ジョコビッチがワウリンカのサービスをブレークした第10ゲーム
15―40から追い上げるワウリンカ。
それを許さずジョコビッチ、6-4で第1セットを取る。
お互いのフォア、バックハンドが、火を吹くようにコートを交差する。
返ってくる球がよりスピードが増していく。
意地の張り合いだ。
ワウリンカもジョコビッチに負けていない。
スライスでタイミングを外すというよりも、力で叩きつぶすという決勝にふさわしい戦いだ。
ジョコビッチは、悲願の全仏初優勝、そして生涯グランドスラムを得るために。
ワウリンカは、フェデラーに続く、スイス出身2人目の、そして自身初の全仏優勝を目指して。
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第2セットもラリーから目を話せない展開が続く。
ジョコビッチはかなり、後ろに構え、ワウリンカの強打に対応する。
素晴らしい強打に、それ以上の強打で返す。
並の選手なら、あっさりポイントを取っているところだが、ランキング1位は伊達ではない。
ワウリンカも素晴らしいテニスをしているが、ジョコビッチからブレークを取ることができない。
ワウリンカはサービスゲームを楽にキープし、ジョコビッチはサービスキープに苦労している。
ジョコビッチが押されながらも、自分のサービスゲームを譲らず、積み重ねている。
第8ゲーム
押し気味に試合を進めるワウリンカが4度目のブレークチャンスを迎えるが、ジョコビッチはまたしのぐ。
ドロップショットがネットにかかり、ワウリンカはラケットでネットを何度も叩く。
気持ちが伝わるしぐさだが、観客からはブーイングが起こる。
第10ゲーム
長い長いラリーの末に、ついにワウリンカがサービスをブレークする。
ジョコビッチはコートに2度ラケットを叩きつける。
ラケットが無残に変形するほどの怒り。
観客はワウリンカへの大きな拍手と、ジョコビッチのこの行為に軽いブーイングが起こる。
ジョコビッチは、結果に怒っているというよりも、守り一方の試合展開、自分の弱気なプレーぶりにいらだちがありそうだ。
ここまでのトータルポイントはジョコビッチ66、ワウリンカ67とほぼ同じだ。
セットカウント1-1、この後の試合展開は全く読めない。
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第3セット
第2ゲーム
ワウリンカはまたもブレークチャンスを迎えるが、ジョコビッチはしのぐ。
第2セットから、ワウリンカはたびたびブレークチャンスを迎えるが、それを容易に許さないジョコビッチの強さがある。
第4ゲーム
ワウリンカのショットがさえ、ラブゲームで
ジョコビッチは、両手を上げて、降参とも取れるようなしぐさを見せる。
スタジアムは、今日一番の声援が上がる。
ワウリンカ3-1とリード。
第5ゲーム
ワウリンカは逆にブレークポイントを許すが、サービスはキープする。
さらに会場は盛り上がり、ウェーブがおこる。
ジョコビッチにブレークバックを許さなかったことは大きい。
第8ゲーム
ジョコビッチは、ゲームに変化を起こそうと、サーブ&ボレーの工夫を示す。
自分のできることはすべて行うといった姿勢が、この戦いにかける思いが伝わる。
第9ゲームをラブゲームで制したワウリンカが6-3で第3セットを取り、セットカウント2-1とする。
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第4セット
第2ゲーム
ワウリンカは初優勝がちらつき始めたか、このセットはミスが目立ち、ジョコビッチがワウリンカのサービスをブレークする。
第3セット後半の変化が、この試合をなんとか自分のものにしたいという確固たる意志で引き寄せたブレーク。
第一人者たるべき戦いだ。
錦織対ツォンガ戦でもあったが、開き直ると強者はさらに強くなる。
迷いがない状態では、人は強くなる。
第5ゲーム
ラリーが20回を過ぎてから、観客からのため息が自然と漏れる。
ジョコビッチが31回目のラリーをネットにかける。
ワウリンカがここでブレークを奪い返す。
全仏はサービスブレークが起こりやすいのが興味をさらにかきたてる。
第7ゲーム
15-40と2回のブレークピンチを迎えるが、積極果敢にネットに詰め、ボレーを決める。
雄たけびを上げるジョコビッチ。
土俵際で新たな力を出せるのが、第一人者の証である。
あるいは、悲願達成への執念だろうか。
第8ゲーム
ワウリンカはブレークできなかったことが尾を引いているのか、0-40と追い込まれる。
ここからワウリンカはギアを上げて、ブレークを許さない。
こちらも断固たる決意をプレーの勢いに変えている。
ゲームカウント4-4
一進一退の攻防から目が離せない展開だ。
第9ゲーム
ジョコビッチはネットに出て、主導権を握ろうとするが、バックからのストレートがジョコビッチのコートに月支える。
ワウリンカがブレークバック。
ワウリンカが5-4とする。
第10エーム
2度のサーブ&ボレーでセットポイントを握るが、ジョコビッチも簡単には譲らない。
同じくネットに詰めて、ジュースに持ち込み、さらにブレークポイントを迎える。
そのチャンスも、ジョコビッチのショットがアウトとなり、生かすことができない。
最後は、今日何度も見ているバックのストレートが糸を引くようにジョコビッチのコートに突き刺さる。
その瞬間、天に向かって力強くラケットを投げ上げた。
セットカウント3-1
ワウリンカが、全仏オープンの初優勝を飾った。
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ジョコビッチの勝利へのこだわりは強かった。
ただ、そのこだわりがプレーぶりを変化の少ない一本やりのテニスとなってしまっただろうか。
そうしたジョコビッチを責めることはできない。
確かに、決勝のジョコビッチのミスは多かった。
それを引き出したのは、ワウリンカの素晴らしいプレーが最後まで持続できたからこそ。
全仏決勝が3度目の「正直」と成らなかったジョコビッチは、厳しい試合展開にもかかわらず、持てる力を発揮して、ワウリンカの怒涛の波を押し止めていた。
しかし、今日はワウリンカの日だったとした言えない、素晴らしいプレーだった。
会場の観客を味方にして、チャンスを生かしたワウリンカ。
全仏覇者にふさわしいテニスは、見るものを魅了した。
テニス界は、大きく変わろうとしている。
ビッグ4の壁はまだなお高いが、それを打ち崩そうとする力が押し寄せ、強固だと思われていたダムに一穴を開けようとしている。
錦織も、悲願ではなく、手が届く目標として、今日のような興奮を近いうちに見せてほしいと思ってしまう。
おめでとうワウリンカ!
そして、悲願が悲願のままでまた1年を過ごすジョコビッチの奮闘に期待したい。
神がかりとも言えるワウリンカのプレーに対して、今日の試合が一方的とならなかったのは、ジョコビッチの実力がずば抜けているからに違いない。
PS
毎回テニスの決勝後のインタビューは心地よく感じる。
優勝者を心から祝福する拍手を送るジョコビッチ。
そして、そのジョコビッチの心情を読み取って、敬意を表すワウリンカ。
赤土の上では、さわやかな風が吹く。