試合前のデータはナダルに有利なものばかり揃っていました。過去の対戦成績15勝5敗、うちクレーでは6勝0敗。マレーは13年マイアミ以降2年以上MSタイトルから遠ざかっていましたし、他の四強に対する勝利もその年のウィンブルドン決勝以降一度もありませんでした。  しかも準決勝のナダルの勝利はほぼ完璧なものでした。ベルディヒから19勝目を上げたその試合は終始ナダルが押し込み、第1セットのタイブレークを奪うと後はもう一直線でした。特にサービスゲームの盤石さが目につきました。サーブを起点としたポイントパターンがほぼ完璧で、早い展開で鋭いフォアハンドを逆クロスやDTLに決めていきます。一方のベルディヒは第4ゲーム、40-30からDFでデュースに持ち込まれたのをきっかけにブレイクを許し、続く第6ゲームでも最後DFでゲームを落としてしまいました。またしても勝負所で脆さを露呈してしまったベルディヒを圧倒し、ナダルは優勝をほぼ手中に収めたかに見えました。 Stronger. Day by day. @RafaelNadal #TennisRunsInOurBlood pic.twitter.com/VbCWLdIal6— Babolat (@babolat) 2015, 5月 9  迎えた決勝戦は立ち上がり、マレーのバックハンドに押し込まれたナダルが対応できずにミスを連発。最初のサービスゲームを落としてしまいます。だがその後は立て直して3連続ラブゲームキープを見せ、マレーのサービスゲームにプレッシャーをかけてきました。昔の「クレーキング」ナダルなら尻上がりに調子を上げてこの試合をあっさり終わらせていたでしょう。  マレーのサービスゲーム、第7ゲームと第9ゲームがこの試合の山場となりました。ここでナダルがブレイクバックに成功していたらより違った試合となっていたかもしれません。ナダルはベルディヒ戦と同じようにフォアハンドの早い仕掛けで第7ゲームを15-40としました。だが同じように仕掛けたフォアDTLはわずかにバックアウト。続くポイントはマレーが1stサーブで凌いでデュース。  このデュースからのラリーに今週のマレーの強さを見ました。マレーは丁寧にラリーをコントロールしてナダルにフォアハンドを振り切らせるチャンスを与えず、ナダルのバックハンドが浅くなった隙に自分からフォアをDTLに叩き込みました。マレーのピンチは第9ゲームも続きます。フォアをDTLに展開して30-30に持ち込んだナダルが次のポイントも取って再びブレイクバックのチャンス。マレーは1stサーブを決めてBPを凌ぐと、またしてもデュースで完璧なラリーを見せました。バックハンドを執拗に攻めてナダルを釘付けにし、最後オープンコートにフォアハンドを決めるナダル攻略のお手本を披露したのです。最後も自分から攻め込んでラリーの主導権を握ったマレーはバックハンドのDTLを決めて第1セット先取。マレーの口からは”Let’s go”と独り言が聞こえました。手応えを感じていたのでしょう。  試合は第2セットに入りました。マレーはリターンもまた素晴らしく、ナダルがサーブから一気にフォアハンドを展開することを許しません。それでもナダルは良い展開を2本作ってピンチを脱し、さらに3本目の展開を作ったのですが最後のボレーが痛恨のミスになってしまいます。迎えたBPでマレーは2ndサーブを叩いて自分有利の展開に持ち込み、最後はナダルの弱々しいバックハンドがネットにかかりました。  ナダルはフォアハンドで早い展開にする以外ほとんどマレーからポイントを奪うことができませんでした。クレーでの超人的フットワークを活かし、繋ぎのラリーで勝利するという戦略もあったでしょう。しかしマレーの攻守両用に効いたバックハンドは今日も安定感抜群で、しかもナダルが攻めないとなると自分からも強打していきました。ナダルの高いバウンドを落ちる前に強打するのは難しいのですが、マレーは積極的にコートの中に入ると、ジョコビッチがいつもそうしているように高い打点から押しこむようにストロークを打ち込みました。難易度は高く、だが理想的なナダル攻略です。  準々決勝でディミトロフがナダルを苦しめたバック攻め、これもマレーは存分に使いました。試合途中に出ていたデータではマレーのバックハンドの実に4割がDTLに飛んでいました。ナダルのバックハンドを狙い釘付けにしていたのです。バック攻めは苦手なショットを打たせるだけでなく、得意なはずのフォア側への反応が鈍くなるという効果もあります。かつてナダルがフェデラーのバックを攻め続け、23個の勝利を積み上げたのと同じことをされてしまったのでした。  マレーは自信に満ち溢れたプレーを展開し、逆にナダルのプレーレベルが戻ることはありませんでした。錦織を苦しめたマレーのセカンドサーブはナダルに対しても威力を発揮し、マレーは実に81%ものポイント獲得率を誇りました。嘘ではありません、セカンドで81%です。最終ゲームは30オールとなりましたがここもナダルがマレーのセカンドに対してリターンを連続でミスし、あっさりと試合が終わりました。 Marriage works. That's what Andy Murray just wrote on the camera. pic.twitter.com/N3QBLB9Z2x— BBC Tennis (@bbctennis) 2015, 5月 10  アンディ・マレー。2年ぶり10個目のMSタイトル獲得。まさか一番苦手とされるクレーでMS復活優勝を果たすなど誰が思ったでしょう。しかもクレー初優勝を果たした先週のミュンヘンはトリプルヘッダーや月曜日にもつれた決勝など過酷な日程でした、ちょうど1週間前のマレーはまだクレータイトルを1個も持っていなかったのです。クレーでの勝率は今週の優勝を勘定に入れても錦織より悪い66%に留まります。更に言えばクレーでは今まで当時9位のダビデンコに勝ったのが最高でした。それがラオニッチ、錦織、そしてナダルを全てストレートで破っての文句なしの優勝。素晴らしいとしか言いようがありません。  マレーは勝利の後カメラに”Marriage works”とメッセージを書き込みました。そしてシューズには今日も結婚指輪が輝いていました。マレーの結婚は何かを変えたのかもしれません。このテニスを継続できればローマ、そして全仏でも俄然優勝候補に名乗りを上げてくることでしょう。  一方敗れたナダル。来週の世界ランキングは10年ぶりに7位となることが確定し、昨年準優勝と再び重い失効ポイントを背負うローマでは優勝しない限り4位奪還は不可能です。まさか全仏でナダルが第5シード以下になるとは!10年前、2005年の全仏に初参戦した18歳のナダルは既に第4シードで迎えていました。ナダルが4シード以内を逃して全仏に出場となると、史上初めてのことになるのです。  それでもまだ多くの人がクレーキングの復活を信じています。黄昏の王者は最後の牙城、ローランギャロスを守りきれるのか。世界中が注目する2週間が、もうすぐそこまで近づいています。