苦戦しながらも力の差を見せつけ、順当に勝ち上がってきた錦織圭。 ベスト8進出を賭け、対戦する相手はダビド・フェレール。 言わずと知れた鉄人ファイター、錦織とも数々の名勝負を繰り広げたことでもお馴染みの選手です。 対戦成績は錦織の6勝3敗、昨年は4度にわたる対戦があり、その全てで錦織が勝利を収めています。 しかし内容はどれも熾烈なもの。 マイアミQF4Rではタイブレークでの大逆転、マドリードSFでの錦織SFMからの死闘、パリQFではフェレールに引導を渡すタイブレークでの覚醒、急きょ出場となったTFRR、1セットダウンからの圧倒劇と、その4試合はすべてフルセット。 無意味な仮定ですが、単純にこの4試合の勝利によるポイントは合計800710pですから、その価値は計り知れません。 しかしその代償として錦織は何かしらの身体の変調を起こし、無事に済んだことの方が少ないと言っていいほど。 錦織にとっては「勝ってもただでは済まされない男」フェレール。 フェレールにとっては「行く手を阻む最悪の男」が錦織圭。 前哨戦のATP250ドーハではベルディフを破り優勝したフェレール、さぞかし雪辱に燃えていたことでしょう。 今大会に於いては尻上がりに調子を上げてきた錦織、この因縁の相手に5番シードしての責任を果たせるかに注目が集まりました。 錦織はここまで大きな存在になる前から、ある程度フェレールを始め、ベルディフ、ツォンガといったトッププレーヤー相手と五分以上に渡り合っていました。 その大きな理由として語られるのが「相性の良さ」です。 とりわけこの三人はタイプこそ違えどストロークの相性の良さがあるのでしょう。 逆にガスケやバブリンカとはストロークの相性が悪いと言ってもいいのではないかと思います。 ある程度腰を落ち着けての撃ち合いから自分で展開していけるフェレールとの対戦はいわば我慢比べの様相が色濃く、彼らとの対戦で敗れた試合はほぼ錦織自身の自滅に因るところが大きく、昨年の対フェレールの4連勝は実力もさることながら、錦織圭自身のメンタルの成長が大きく結果に反映されているのではないでしょうか。 試合は1stセットからやはりお互い我慢の展開に。 先にブレークチャンスを掴んだのはフェレールでしたが、錦織はしぶとくこれをセーブ。 続く第3ゲームでDF絡みからブレークすると、徐々に錦織がこれまでのラウンドでは見られなかったウィナーを沈めていきます。 しかし後一歩のところで2つめのブレークを奪うことができません。 デュースの連続、粘るフェレール。 いつもの錦織ならばフェレールの作り出す嫌な空気に支配されはじめ、ブレークバックを許してしまうところでした。 しかしこの日の錦織はここでの我慢、粘りがフェレールの知るものではありませんでした。 パワーアップしたサービスを武器に、3Rまではあまり見られなかったコート内に進入しウィナーを決める、またフェレールを振り回す。 重苦しい空気が漂っていたドディグ戦、ジョンソン戦の序盤を経験したこともここに来てプラスになっているのでしょう。 第9ゲームをブレークし、1stセットを先取することに成功します。 上々の立ち上がりでセットアップした錦織。 第2セットに入ると今までのラウンドとのあまりの調子の良さにとまどったか、第1ゲームで実に10本を超えるアンフォーストエラー(凡ミス)が出てしまい、長い長いゲームの末にこれを落としてしまいます。 ですが次の第2ゲームがこの試合を決定づけるものとなったのか、ここですぐにブレークバック。 フェレールとしてはようやく勝ち取ったブレークでした。 それをストローク戦で圧倒され、自身のミスもあってすぐに取り返されるのは相当に堪えたことでしょう。 3Rでのシモン戦で負った足の負傷、また疲労も相まって、どこか自信を失ったかのようなプレーが散見されるようになりました。 4-3で迎えた第8ゲームを錦織がブレークし、再び第9ゲームで2セットアップ。 結局、何をやっても勝てないのか? 今の自分の状態でここから天敵を倒すことができるのか? そうした心理状態に陥ったであろうフェレールはそのまま第3セットの1stゲームをブレークされてしまいます。 かつて錦織が師事したブラッド・ギルバートに「目指すべき選手」とまで言われた鉄人は、それでも試合を捨てることはしません。 しかし、そんな目標であったはずの選手をコートに張り付けにし、ベースラインから次々にウィナーを左右に叩き込んでいく。 7度目の勝利、対フェレール5連勝、グランドスラムベスト8進出を収めた勝者は、静かに、安堵の表情を浮かべるように勝ち名乗りを受けました。 試合前には「3回戦のようなプレーができれば錦織に勝つチャンスはあるはず」と言われ、試合後には「今日のケイは僕より上だった、彼にとってはベストマッチだったんじゃないかな」と言われる。 「この結果には驚いている、フェレールと試合をするといつも身体が壊されてしまうほどの試合になるので恐怖だった」 という錦織の弁はまさに本音でしょう。 ウィンブルドン以外のグランドスラムでフェレールにストレート勝ちした選手はたった二人、ラファエル・ナダルとノバク・ジョコビッチだそうです。 自身の手応えを上回るほどの成長、実力を確認できた素晴らしい試合でした。 フェレールとの勝利は、いつも新しい世界への扉を開く鍵になっていました。 全米はグランドスラム4回戦という未知なる世界を、ロンドン五輪ではベスト8、メダル獲得が現実に見える扉を。 マイアミではフェデラーからの勝利を、マドリードでは砂の王者への挑戦権を。 パリではツアーファイナルへの切符を、ツアーファイナルではRR突破と最強王者への挑戦権を。 今回の勝利は、錦織にとって何をもたらすのでしょう。 今までのどの試合よりも宿敵を圧倒した手応えを胸に、ベスト8を守る相手は昨年の全豪王者・バブリンカ。 詳しくは次の記事(書くつもり)で紹介しますが、これは錦織にとっても、バブリンカにとっても今後の選手生命を占う意味でも非常に大切な一戦となりましょう。 私にとって、昨年の錦織圭のベストゲームは迷うことなく全米のバブリンカ戦です。 どんな試合になるのか、どんな一日になるのか、本当に楽しみです。 バブリンカ戦のレビュー記事はこの後更新するつもりでいますので、よろしければ是非ご覧になってくださいね。 よろしくお願いします。