好調の要因、まだ道の途中(錦織、全米オープンテニス決勝に向けて)
かたや、第10シード、ランキング11位、錦織。
こなた、第14シード、ランキング16位、チリッチ。
全米オープンでのトップ10以外の選手同士の決勝は1997年にさかのぼる。
女子のグランドスラムでは、ランキングが関係ないような下剋上のイメージは強いが、男子では4強(フェデラー、ジョコビッチ、ナダル、マレー)の壁が厚かった。
4強すべてが決勝進出を逃したのは、2005年全豪オープン以来、なんと39大会ぶりだ。
今年の全豪オープンでワウリンカが優勝したことで、風穴が空いた4強のそびえたつ、高く厚い壁をぶち破り、新しい風を吹き込んだ2人の選手。
テニスファンならずとも、興奮しないわけにはいかない。
どちらも、グランドスラム初の決勝進出。
つまり、どちらかが、初のグランドスラムのタイトルを獲得するという戦いは日本時間9日早朝に迫っている。
錦織とチリッチの決勝を予測できたものは、おそらく誰もいないのではないだろうか。
6月に行われた死のグループで、コスタリカとウルグアイの勝ち抜けを予想するように。
ドイツ対ブラジルが7対1で終わると予想するように。
それでも、錦織は信じていた。
自分が決勝に、「いつか」行けると。
それが、今大会だとは思わなかったかもしれないが。
大会前の8月5日、右足親指の膿を除去する手術を受けた錦織。
完治まで3週間を要する診断だったそうだ。
手術は順調だが、通常考えると、準備不足は否めないところ。
ただ、今大会は、逆にそれがよい結果の大きな原因となっているのではないだろうか。
テニスに対する情熱、過度に期待しないという期待。
もちろん、コーチが変わった影響もあるだろう。
それがほどよくミックスされて、大会が進むごとに爆発したような印象がある。
何が起こるかわからないのがスポーツの世界。
自分たち日本人にとっては、うれしい誤算である。
ツイッターでも(#Nishikori)でのつぶやきが全世界で急増し、日本では地上波で放送しないことに憤りを表すファンが多い。
かくいう自分も、ネットで「全米オープン 地上波 放送」なんて検索をした口だ。
決勝でも、残念ながら地上波の放送はかなわない。
WOWOWでの加入数も増えて、全盛期の加入数を超える勢いだという。
メジャーのイチローも「過去にやったことがないというのは計りになる。(中略)だって圧倒しているもんね。相手は(世界ランキング)1位でしょ。あれは気持ちいいっすよ」と興奮を隠しきれないプレーをする錦織。
そのプレーは、トーナメントを勝ち上がるごとに、力強さを増す。
高校野球ではよく見るシーンだが、それ以外でここまでの成長力を感じるプレーは記憶にない。
深夜2時を過ぎ、2日間の戦いを制したラオリッチ戦。
全豪オープン覇者を打ち破ったワウリンカ戦。
第1シードを圧倒したジョコビッチ戦。
2試合連続のフルセット、2日間の死闘など、無尽蔵なスタミナから、アメリカでは「マラソンマン」と呼ばれる錦織は、日本人だけではなく、全世界のテニスファンを魅了し続ける。
全米オープンは、まるで彼の舞台のようだ。
チリッチとの対戦相手は5勝2敗。
休息もチリッチより1日多い。
勝ったも同然と考える人も多いだろう。
しかし、勘違いしてはいけない。
錦織は、確かに全米オープンの主役であり、大会を盛り上げるスターである。
ただ、彼はまだ何も成し遂げていない。
拍手や喝采を受け、人々の記憶に残るプレーを見せてはいるが、彼はまだ明確な栄冠(結果)を手にしていないのだ。
考えてみてほしい。
4強の誰かが決勝に残ってきた2005年以来、決勝で敗れ、準優勝をした選手を覚えているだろうか。
たしかに、決勝直後は強い記憶が残っている。
しかし、残念ながら、記憶は風化するもの。
ぜひ、錦織は、ファンがどうしても持つ浮かれてしまう気持ちなど持つことなく、貪欲に結果を残してほしいものである。
ベスト16から格上(あるいは対戦成績が負けている)との対戦が続いていたが、決勝は条件が変わる。
あと一つ勝てば優勝する、という歴史に名を残す欲も出てくるだろう。
怖いのは慢心。
しかし、それも心配無用かもしれない。
錦織のコーチを務めるマイケル・チャンは言う。
「彼が試合に勝つたびに彼に言い続けていることがある。”僕らはまだやり遂げていない”」
その通りだ。
まだ、錦織はまだ何もやり遂げていない。
準優勝で良かった、がんばったよね、などというものは求めていないのだ。
試合後の優勝カップを意識するのではなく、1プレー1プレーに集中する準決勝までの試合をすることが、栄光を手に入れる近道ではないだろうか。
ベストプレーを積み重ねることがすべて。
MLBでは、日本人投手の活躍が目立つ。
そのアメリカの地で、さらなる活躍、いや日本人初の誰も登頂していない高みに登る彼の姿を応援していきたい。
決勝が行われる9月8日(アメリカ時間)は、国際識字デーである。
テニスの新たな1ページに名を残し、世界中のテニスファンに「錦織圭」の名前を刻めるだろうか。
戦いまであとわずか。
興奮して朝が待ち遠しく、眠れそうもない。
頑張れ、錦織!
(追記)
*NHKは8日、テニスの錦織圭選手が出場する9日午前6時開始(現地時間8日午後5時)の全米オープン決勝戦を、総合テレビで9日午後1時5分から試合終了まで録画中継することを発表した。
さすがNHK!