アジアから初のグランドスラム・ファイナリストとして登場した日本の錦織圭だったが、マリン・チリッチ(クロアチア)の安定したパワーテニスを崩せずストレートで敗退、夢のメジャータイトル獲得は叶わなかった。  暑さに苦しめられた大会の最終日は、雲が立ち込め、秋を思わせる涼しさだった。試合開始は午後5時9分。スタンドに少し空白があったのは、月曜日の決勝、新鋭同士の対戦という目新しさだろう。24歳の錦織と25歳のチリッチ、次代を担う2人のピリピリした緊張感が伝わる立ち上がりだ。  対戦成績では錦織が5勝2敗と上回っての対戦だが、まばたきもしないチリッチの集中力が不気味。錦織の動きに精彩がないのは、疲れか、硬さか。  第1セットの第1ゲーム、40-30からブレークチャンスを掴んだが、リターンが押されてここは取れなかった。チリッチはビッグサーバーとはいえ、第1セットのエースは3本と多くはない。むしろ、安定したショット・コントロールを中心にした組み立てが今大会の特徴。この日も、錦織ペースのはずのロングラリーを何度も奪われ、いざとなればサービスエースが襲い掛かった。第5ゲーム、この日最速の時速216㎞も計時する2本のエース。続く第6ゲーム、錦織は0-40から打ち合いを落としてサービスブレークされた。  ここまで6試合を戦ってきたからには、両者とも心身の底に疲れを抱える。初めての決勝の舞台という重圧も考えれば後手は取りたくなかったが、錦織は気持ちが空回りして珍しくアンフォーストエラーが続いた。  第2セットの第3ゲーム、ここも3本のミスによる0-40からデュースまでは戻したが、最後は凡ミスが出てブレークされた。チリッチは準決勝で、それまで4戦全敗だったフェデラーに43本のウィナーを浴びせてストレート勝ちしてきた。その自信はよほど大きいのだろう。先行されても落ち着いてポイントを挽回し、第6ゲームには4連続ノータッチエースを記録するなどメリハリの効いた攻撃が光った。錦織が反撃に出たのはやっと第8ゲーム。ここで初めてサービスブレークを奪ったが、攻守のリズムまでは作れず、このセットも落とした。 「相手がチリッチに決まり、勝ったことのある相手ということもあって、前日から興奮しすぎたところがありました。疲れよりも、こんなに硬くなったのは久しぶりでしたね。相手のディフェンスも良かったですけど、それ以前に自分が試合に入り込めなかった」  第3セットも第4ゲームを先にブレークされてストレート負け。ポイント総数を比べれば、チリッチの93に対し錦織は68。ブレークポイントはチリッチの11に対し9と見劣りしないが、9本の内の8本までセーブされた。完敗と言えるだろう。  悔しさは計り知れない。しかし試合後、マイケル・チャン、ダンテ・ボッティーニの2人のコーチは健闘を讃えたという。振り返れば、1回戦当日まで出場するかどうか決めかねて迎えた大会だ。多くを期待しないで大会に入り、徐々に自信を蓄積させ、第5シードのミロシュ・ラオニッチ、第3シードのスタン・バブリンカを4時間オーバーのフルセットの末に破り、さらに第1シードのノバク・ジョコビッチを38本のウィナーで手応え十分に倒した。これほどの激闘に耐える体力への自信と、ファイナリストの実感、それが今回の最大の収穫ではないだろうか。  「グランドスラムのベスト4、ファイナルは夢の世界でした。それを実感できたこと。トップを相手に、最後までめげずに勝ち切れたことには満足していますね」  この決勝の舞台を一番見て欲しかったのはソニー元副社長の盛田正明さんだという。ジュニア選手の育成に熱心で、錦織もその援助によって渡米を果たした。いつもジュニアを激励しにグランドスラムを訪れるが、今回は都合で来ることができなかった。 「優勝は、いらしたときのために取っておくということで……」  最後にそう言って苦笑い。もう大丈夫だろう。  7月のウィンブルドンでは、錦織と同世代のミロシュ・ラオニッチとグリゴール・ディミトロフが準決勝に駒を進め、そこでジョコビッチとフェデラーに阻まれた。今回は錦織とチリッチが2強を葬った――2003年のフェデラーのウィンブルドン初優勝から始まった4強時代がついに崩れた大会と言っていいだろう。それを主導したのは確かに錦織圭だった。いま、新たな時代が始まろうとしている。 (文:武田薫)